皆さん、こんにちは!otonariです。
突然ですが、あなたは昭和の歌謡曲にどんなイメージをお持ちですか?
「両親がいつも聴いていたな」「カラオケで歌ったことがある」「昔の曲なのに、なぜか心に残っている」…そんな風に感じている方も多いのではないでしょうか。
昭和歌謡は、ただの古い音楽ではありません。聴く人の心を揺さぶり、時代を超えて愛され続けるメロディーの宝庫です。しかし、「どうしてこんなに良い曲が生まれたんだろう?」「誰が作ったんだろう?」と、その裏側までは知らない方も多いかもしれませんね。
そこで今回は、「作曲家 日本人 昭和」というキーワードでこのブログにたどり着いたあなたのために、昭和の歌謡曲を彩った偉大な作曲家たちに焦点を当てて、その魅力と功績を分かりやすく、そして楽しくご紹介していきます。
この記事を読み終える頃には、きっとあなたのお気に入りの曲が、さらに特別な一曲に変わっているはずです。さあ、一緒にタイムスリップして、昭和の音楽の世界を旅してみましょう!
昭和の日本人作曲家たち!時代を彩った伝説のメロディーメーカー
昭和歌謡の魅力は、その心に響くメロディーにあります。では、そのメロディーはどのようにして生まれたのでしょうか?それは、時代や人々の心に深く寄り添い、情熱を注いだ作曲家たちの存在があってこそです。
まずは、昭和歌謡を代表する作曲家たちの功績を、彼らが手がけた代表曲とともに見ていきましょう。
【古賀政男】“古賀メロディー”の哀愁に心震える
日本の歌謡史を語る上で、古賀政男さんの名前は欠かせません。彼は「古賀メロディー」と呼ばれる、哀愁を帯びた独特の旋律で、戦前から戦後にかけて人々の心を掴みました。
古賀さんは、貧しい幼少期にギターやマンドリンを独学で学び、その思いがメロディーの原点になったと言われています。彼の曲は、聴く人の心に深く寄り添い、時には静かに、時には力強く、生きる喜びや悲しみを歌い上げました。
特に有名なのが、戦前・戦後を代表する名曲「影を慕いて」。この曲は、古賀さんと歌手の藤山一郎さんの絆によって生まれた奇跡の一曲です。
彼と歌手の絆:
藤山一郎さんとの出会いは、古賀さんの音楽人生にとって大きな転機でした。古賀さんは「藤山一郎なくして、古賀の名声はなかった」と語るほど、二人の間には強い信頼関係がありました。二人が生み出した名曲は、今も多くの人々に歌い継がれています。
主な代表曲:
♪影を慕いて ♪東京ラプソディー ♪丘を越えて ♪柔
これらの曲を聴くと、まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような、懐かしくて温かい気持ちになりますね。
引用元:https://www.koga.or.jp/about/
【服部良一】“日本ポップスの父”が手がけた名曲
ジャズやブルースといった西洋の音楽を日本に紹介し、日本のポップスの礎を築いたのが服部良一さんです。「日本ポップスの父」とも呼ばれ、ジャズのリズムを取り入れた、明るくモダンな作風が特徴です。
第二次世界大戦後、焼け野原となった日本で、人々を勇気づけ、心を明るく照らしたのが、笠置シヅ子さんが歌った「東京ブギウギ」でした。この曲は、服部さんがジャズの要素をふんだんに取り入れて作った、まさに時代を象徴する一曲です。
彼が残した功績:
服部さんは、和と洋の音楽を見事に融合させ、日本の音楽に新しい風を吹き込みました。その功績は、日本の音楽文化に多大な影響を与え、1993年には国民栄誉賞を受章しています。
主な代表曲:
♪東京ブギウギ ♪青い山脈 ♪買物ブギー ♪蘇州夜曲
これらの曲からは、新しい時代を生きる人々のエネルギーや希望が感じられますね。
引用元:https://ameblo.jp/padmacat/entry-12831504476.html
【遠藤実】青春歌謡の旗手が紡いだ若者の歌
「高校三年生」「修学旅行」など、若者の心情を瑞々しく描いた「青春歌謡」で一世を風靡したのが遠藤実さんです。貧しい幼少期を過ごした彼は、独学で作曲を習得し、人々の心に寄り添う親しみやすいメロディーを数多く生み出しました。
遠藤さんの曲は、学生たちの淡い恋心や友情、未来への希望といった、誰もが経験する青春の輝きを歌い上げ、多くの若者たちの共感を呼びました。
彼と歌手の絆:
遠藤さんの代表的なパートナーは、舟木一夫さんです。遠藤さんが舟木さんに提供した青春歌謡は、舟木さんの人気を不動のものとし、遠藤さん自身も作曲家としての地位を確立しました。二人のコンビは、まさに「青春歌謡」というジャンルを確立した、ゴールデンコンビと言えるでしょう。
主な代表曲:
♪高校三年生 ♪修学旅行 ♪仲間たち ♪からたち日記
これらの曲を聴くと、なんだか自分の学生時代を思い出して、少し甘酸っぱい気持ちになりますね。
引用元:https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009250245_00000
【吉田正】都会の哀愁を表現した“都会調歌謡”
戦後の日本を代表する作曲家の一人、吉田正さん。彼は「都会調歌謡」と称される、哀愁を帯びたメロディーで、多くの人々の心を魅了しました。
彼の曲は、高度経済成長期に地方から都会へ出てきた人々の、故郷への思いや、都会での孤独、そして希望を歌い上げています。「有楽町で逢いましょう」という曲は、まさに当時の都会の情景や、人々の心情を鮮やかに描き出しています。
彼の作風:
ムード歌謡、青春歌謡、リズム歌謡など、幅広いジャンルを手がけ、それぞれのジャンルで多くのヒット曲を生み出しました。彼の音楽は、メロディーの美しさだけでなく、その背景にある物語性が、聴く人の心を惹きつけます。
主な代表曲:
♪異国の丘 ♪有楽町で逢いましょう ♪誰よりも君を愛す ♪恋をするなら
これらの曲を聴くと、都会の片隅で頑張っていた、名もなき人々の姿が目に浮かぶようです。
引用元:http://the-plains.net/blog/?p=368
【船村徹】大衆の心に寄り添う望郷歌謡
「演歌巡礼」と呼ばれ、大衆の心に深く寄り添う「望郷歌謡」を得意としたのが船村徹さんです。彼は、生まれ故郷である栃木県日光市の自然豊かな風景を心の支えに、スケールの大きい人間ドラマをメロディーにしました。
船村さんの曲は、故郷を離れて暮らす人々の、望郷の念や人生の哀愁を歌い上げ、多くの人々の共感を呼びました。
彼と歌手の絆:
美空ひばりさんとの楽曲制作は「戦い」と表現されるほど、互いに最高のものを求め合いました。その結果生まれたのが、美空ひばりさんの最晩年を代表する名曲「みだれ髪」です。この曲は、船村さんとひばりさんという、二人の天才の魂がぶつかり合って生まれた、まさに奇跡の一曲と言えるでしょう。
主な代表曲:
♪別れの一本杉 ♪矢切の渡し ♪みだれ髪 ♪王将
彼の曲からは、日本の原風景や、人々の温かい心が伝わってきますね。
引用元:https://columbia.jp/artist-info/funamura/discography/
【筒美京平】70年代を席巻したヒットメーカー
昭和40年代から50年代にかけて、日本の音楽シーンを席巻したのが筒美京平さんです。彼は、ポップス、歌謡曲、演歌など、ジャンルを問わず数々のヒット曲を生み出し、「裏方に徹した職人気質」のヒットメーカーとして知られています。
筒美さんの曲は、一度聴いたら忘れられないキャッチーなメロディーと、都会的で洗練されたサウンドが特徴です。
彼が残した功績:
彼は、作曲家としてだけでなく、プロデューサー的な視点も持ち合わせていました。歌手の個性や時代のトレンドを巧みに取り入れ、多くのアーティストをトップスターへと導きました。また、他の作家と比べて、彼が手がけた楽曲は、ジャンルを特定するのが難しいほど多岐にわたります。
主な代表曲:
♪ブルー・ライト・ヨコハマ ♪わたしの彼は左きき ♪木綿のハンカチーフ ♪サザエさん一家
アニメの主題歌も手がけていたなんて、驚きですよね!
引用元:https://www.asahi.com/articles/ASNBD4TNQNBDUCLV00G.html
【猪俣公章】演歌の道を切り開いた功労者
古賀政男さんの門下生として頭角を現し、数々の名曲を手がけたのが猪俣公章さんです。彼は、森進一さんやテレサ・テンさんといった、昭和を代表する歌手たちに名曲を提供し、演歌の道を切り開きました。
猪俣さんの曲は、心の奥底にある感情を揺さぶるような、ドラマティックなメロディーが特徴です。
彼と歌手の絆:
テレサ・テンさんが日本で再ブレイクするきっかけとなった「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」の三部作は、猪俣さんと作詞家の荒木とよひささんが手がけました。この三部作は、テレサ・テンさんの歌声を最大限に活かし、彼女を不動の人気歌手へと押し上げました。
主な代表曲:
♪夜空 ♪港町ブルース ♪遠くへ行きたい ♪襟裳岬
これらの曲は、聴く人の心に深く刻まれる、普遍的なメッセージを持っています。
引用元:https://www.universal-music.co.jp/p/upcy-7133/
【弦哲也】紅白歌合戦を彩った名曲の数々
弦哲也さんは、作曲家としてだけでなく、日本作曲家協会会長も務める演歌界の大家です。彼は、2500曲以上もの作品を手がけ、数々のミリオンセラーを生み出しました。
弦さんの曲は、演歌の伝統を守りつつも、時代に合わせた新しい感性を取り入れているのが特徴です。
彼が残した功績:
特に有名なのが、水森かおりさんへの楽曲提供です。水森さんの代表曲である「鳥取砂丘」や「釧路湿原」などは、弦さんが手がけたものです。また、彼は多くの演歌歌手を育て、日本の音楽界に大きく貢献しています。
主な代表曲:
♪天城越え ♪ふたり酒 ♪鳥取砂丘
彼の曲は、日本の美しい風景や人々の心の情景が目に浮かぶような、心温まるメロディーが魅力です。
引用元:https://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/gen/
【三木たかし】心に響くメロディーの天才
ポップス、演歌、ミュージカル、アニメソングと、ジャンルを問わずヒット曲を量産したのが三木たかしさんです。妹は歌手の黛ジュンさんで、若くして才能を開花させました。
彼の代表作として、多くの人が知っているのが、やなせたかしさんが作詞した「アンパンマンのマーチ」です。この曲は、子どもから大人まで、幅広い世代に愛され、今もなお歌い継がれています。
彼と歌手の絆:
テレサ・テンさんとの絆も深く、「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」の三部作は、三木さんと作詞家の荒木とよひささん、そしてテレサさんの3人で作り上げられました。
主な代表曲:
♪アンパンマンのマーチ ♪つぐない ♪愛人 ♪時の流れに身をまかせ
彼の曲は、ジャンルを超えて、人の心に優しく、そして力強く語りかけてきます。
引用元:https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009250563_00000
その他、昭和の歌謡曲を支えた作曲家たち
ご紹介した方々以外にも、昭和の歌謡曲を支えた作曲家はたくさんいます。
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市川昭介さん:都はるみさんの「はるみ節」を完成させ、「アンコ椿は恋の花」など多くの名曲を生み出しました。
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遠藤周作さん:作詞家・阿久悠さんと多くのヒット曲を生み出し、日本の音楽シーンを盛り上げました。
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小林亜星さん:数々のCMソングやアニメソングを手がけ、私たちの生活にBGMとして溶け込んでいます。
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都倉俊一さん:ピンク・レディーの「UFO」「渚のシンドバッド」など、斬新なサウンドで一世を風靡しました。
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星野哲郎さん:作詞家。北島三郎さんとのコンビで「なみだ船」「兄弟仁義」など、海の男の心を歌った名曲を残しました。
彼ら一人ひとりが、日本の音楽文化を豊かにしてくれた偉大な存在です。彼らの努力と情熱が、昭和歌謡を不朽の名作へと昇華させたのです。
クラシックからアニメまで!多岐にわたる日本人作曲家の才能
「昭和の作曲家」と聞くと、歌謡曲のイメージが強いかもしれませんが、実はクラシック音楽や映画音楽など、多岐にわたる分野で活躍した作曲家もたくさんいます。
ここからは、昭和歌謡とは一味違った、彼らの才能と功績を少し掘り下げてみましょう。
日本独自のクラシックを追求した作曲家たち
昭和のクラシック音楽界では、西欧の新しい音楽技法を取り入れながらも、日本独自の音楽を模索する作曲家たちが活躍しました。
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諸井三郎さん
ドイツ留学で西欧の作曲技法を学び、日本の現代音楽の発展に大きく貢献しました。
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清瀬保二さん
早くから日本の民謡や風土に根ざした音楽を追求し、独自のリズム感を持つ作品を多数作曲しました。
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松平頼則さん
雅楽など日本の伝統的な要素と西洋音楽を融合させた、独自の作風を確立しました。
彼らの作品は、歌謡曲とはまた違った形で、日本の音楽の可能性を広げ、後世の作曲家たちに大きな影響を与えました。
映画音楽に名を残す作曲家
昭和の映画を彩った、忘れられない音楽もまた、日本人作曲家たちの手によって生み出されました。
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早坂文雄さん
黒澤明監督作品の音楽を数多く手がけ、国際的にも高い評価を得ました。民族的な要素を強く取り入れた彼の作品は、映画の雰囲気を一層引き立て、観る人の心に深く残りました。代表作には、映画「羅生門」や「七人の侍」などがあります。
映画音楽に注目して聴いてみるのも、新しい発見があって楽しいですよ!
アニメソングの礎を築いた作曲家
今や日本が世界に誇る文化の一つであるアニメ。その黎明期を支えた作曲家も、昭和の時代に活躍しました。
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小林亜星さん
「ひみつのアッコちゃん」や「魔法使いサリー」など、多くの国民的アニメソングを手がけました。彼の作る曲は、一度聴いたら耳から離れない、キャッチーで楽しいメロディーが特徴です。
アニメソングは、私たちの心をワクワクさせてくれる、大切な存在ですよね。
まとめ:昭和を支えた日本人作曲家まとめ
ここまで、昭和の歌謡曲を中心に、偉大な作曲家たちの功績を振り返ってきました。いかがでしたでしょうか?「あの名曲の裏側には、こんなドラマがあったんだ!」と、新しい発見があった方もいるかもしれませんね。
- 昭和の有名な作曲家は?
- 古賀政男、服部良一、遠藤実、船村徹、筒美京平、三木たかしなど、多くの偉大な作曲家が活躍しました。
- 昔の作曲家には誰がいますか?
- 戦前から活躍した古賀政男や服部良一から、戦後に青春歌謡や演歌を確立した遠藤実、船村徹、高度経済成長期にヒット曲を量産した筒美京平など、それぞれの時代に特徴的な作曲家たちがいました。
- 日本人作曲家四天王は誰?
- 一般的に「作曲家四天王」という決まった呼び方があるわけではありませんが、古賀政男、遠藤実、吉田正、船村徹の4人が戦後の歌謡界を牽引した巨匠として挙げられることが多いです。
- 昭和歌謡曲作曲家の一覧と特徴
- 古賀メロディーの「古賀政男」や日本ポップスの父「服部良一」など、一人ひとりが独自の作風や個性を持っていました。
- 日本の演歌作曲家の系譜
- 古賀政男の「古賀メロディー」から始まり、望郷歌謡の船村徹、紅白歌合戦を彩った弦哲也など、演歌の歴史は偉大な作曲家たちによって築かれてきました。
- 昭和の懐メロの一覧は?
- 「影を慕いて」「東京ブギウギ」「高校三年生」「有楽町で逢いましょう」など、紹介した作曲家たちの代表曲は、今も変わらずに愛される懐メロばかりです。
- 男性作曲家が牽引した日本の音楽シーン
- 今回ご紹介したように、昭和の音楽界は、男性作曲家が牽引し、多くの女性歌手たちとタッグを組んで数々の名曲を生み出しました。
- 作曲家と歌手の絆
- 古賀政男と藤山一郎、遠藤実と舟木一夫、船村徹と美空ひばりなど、作曲家と歌手の強い絆が、時代を超えて愛される名曲を生み出す原動力となりました。
- 作風の多様性
- 古賀政男の哀愁歌謡、服部良一のジャズ、遠藤実の青春歌謡、筒美京平のポップスなど、一口に「昭和の作曲家」と言っても、その作風は非常に多様です。
- 「昔の作曲家」が今も愛される理由
- 彼らが作った曲は、メロディーの美しさだけでなく、人々の心に寄り添う普遍的なメッセージが込められているからでしょう。
もし、今日ご紹介した曲を聴いて、「なんだか心が温かくなるな」「懐かしいな」と感じていただけたら、それは、彼らが命を削って生み出したメロディーが、あなたの心に届いた証拠です。
昭和の音楽は、単なる古い音楽ではありません。それは、時代を超えて人々の心を励まし、寄り添い続けてくれる、かけがえのない宝物です。
ぜひ、これを機に、あなたの「知らない昭和」の扉を開けてみませんか?

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